脱ぶら下がり奮闘記

ゆるふわな感じで日々の出来事や考え事を書き連ねるブログです。

虚像と戦う人たち

今回はただの独り言。

 

僕は子供のころから「他人との比較」に一切意味を見いだせず、HAN-KUN的に言えば「自分が自分でいることの方がよっぽど渋い」と思ってたタチです。今思うと家庭環境が極めてレアだったからかもしれない。

 

3人の姉に末っ子長男の自分。長女はまさしく”THE長女”で親や先生の言うことをきちんと聞く真面目な優等生。そんな長女で成功した親の教育事例を全てぶち壊し、何度も家出を繰り返しながらゴーイングマイウェイを貫く次女。破天荒な次女とは真逆で石橋を5回くらい叩かないと渡らない慎重派で気配り上手の三女。

 

優秀で、破天荒で、気が配れる姉3人の中で過ごす一方で、自分だけ過剰にポンコツだったため「血が繋がっていても能力は全く別物らしい」という現実を受け入れざるをえなかった。だからかわからないけど、昔から人と人を比べて優劣を付けたり、人と自分を比べて安心したり・落ち込んだり・嫉妬したり、ということがほとんどない。それよりも昨日出来なかったことが今日できるようになることが好きだったし、そのことに夢中だった。

 

 親も自分にだけは特別扱いだったと思う。いや、どう扱って良いのかわからなかったのかな。うちは両親ともに教師なので本職は教育のプロ。けど長女で成功した初の子育て事例を次女に跡形もなくぶち壊された時はかなり混乱したと思う。次女と三女で性格は真逆だし、末っ子で唯一の男である自分はもはや未知の領域の子育てだったのではないかと思う。

 

姉弟がこれだけバラバラな方向性を行く我が家において「親の期待する子供像」はもはや存在しない。厳密に言えば過去にはあったが、次女の戦いによる破壊と末っ子の無視によって消え去った。幼少期は型にハメたがっていた母も最近ようやく「みんなちがって、みんないい」的なノリになってきた様に思える。

 

 

ここからが本題、というかわけではないけど。

 

僕は 今の仕事を始めてから、学生・社会人問わずキャリアについて不安を抱える方々とお会いしてきました。気づいたのは、多くの人が「周りの目が気になりレールから外れること」「親の期待に外れる道を選ぶこと」を恐れ、人の生き方と自分を比べてどうこう考える傾向にあるということ。はっきり言って想像以上の数でした。

 

 

 他人の評価を気にして創り上げられた「周りから期待されてる自分像」の正体って、何者なんでしょうね。

 

 

親でさえ話せば理解してくれるだろう。仮に理解が無くても社会人なんだから自分の金で稼げるから出ていけば良い。心残りがあるなら、実家に仕送りしながら成長した自分の姿を見せるという最大の親孝行に向けて努力すれば良いと思う。「周りの人の評価が気になって~」という人も多いが、大体は他人の人生にそこまで興味ないと思うし、気にするほど暇じゃないと思う。

 

だとすると彼らは何と戦っているのか。

 

判断軸となっている「周りから期待されてる自分像」

 

周りって誰?期待されてる自分像って具体的に何?そこまで気になるなら周りの誰かに何を期待してるのか聞いてみれば良い。今まで気にしてたものが本当に存在するかどうか、怪しいと思うけどね。

 

自分で道を選べるようになると楽しいし、何より楽だよ。

 

 

 

花粉症辛いから雨降ってくれて良かったー。